新緑

大野湊神社に「神事能」を観にいった

 金石街道をまっすぐ線路くぐり8号線くぐりブンブンかっ飛ばしていくと、その終点のあたり金沢西警察署のとなりに大野湊神社がある。この神社では毎年5月中旬に神事能――つまりは神様に捧げる能が上演される。前田利家の頃からもう399回もやってて来年は400回目に当るそうな。いやはや、すごいもんだ。昔は卯辰山の観音院ってとこでもしてたそうだが、そっちはなくなってしまったそうだ。
 
 小っちゃい神社なんだが本殿のほうはうっそうとした緑の気配につつまれていていい感じだ。神社や寺の建築様式は……よくわからない。Casa Brutus持っていけばよかったな。猫の家政婦より建築に疎かったら恥ずかしいし、夏休みは日本の寺社仏閣を巡ろう。

 能舞台のまわりには椅子がぐるりと囲んでいて、そのまた外側に香具師が囲んでいる。能楽堂なんかは暗くてなんだかぴりりとした雰囲気があるけど、ここはまったく逆だなぁ。

 カメラを忘れたので、五月晴れのすがすがしーお天気の中で観れた思い出を残せなくて残念だ。カバンにいつも入れておくようにしなきゃ。 

 今回観たのは「西王母」。ストーリーはあってないようなもんで、要するにいい王様が治める世の中で、それを祝いに西王母の化身がやってきて舞う……と。とにかく最初から最後までおめでたいねぇおめでたいねぇで、まさに神様に捧げるのによくあっている。

 しかしなぁ、もう何回も能は観ているけど一向に理解が進まない。正直言って何がどこがおめでたいのやらさっぱりわからなかった。西王母の動きは壊れかけの目覚まし時計のようだし、詩は聞き取れないし、音の反響もないし。能を楽しむためにはけっこうな下準備が必要で、ぼんやり見ていては何回行っても同じことだ、というのがよくわかる。

 わしがとりたてておもしろく感じない(今は、ね)能に何度も足を運んでいるのは、川本喜八郎ホリヒロシのような人形作家たちが能やら日本の古典から題材をとって制作しているのを見習ってのことだけど……このままではいかん! もっともっと勉強しなくては。

 能楽入門の授業の先生曰く、「能は奥が深いので難しいんですが、舞や音楽、など間口は広いので、自分の好きなところに注目してください」とのこと。

 考えてみればたしかにそうで、ぱっと思いつくだけでも
「面打ち」、
「衣装」、
「舞踊」、
「身体表現」、
「謡」、
「詠吟」、
「邦楽」、
「ストーリー」、
「教授法」、
「演出」、
「舞台建築」、
「歴史」、
みたいにいろいろある。

 一度に全部と欲張らずに、一個ずつ理解するのが賢いのだろう。

by Holiday助  at 12:02 |  雑記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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