金沢でフランス語、英語、美術を学び、ナンシーへの留学を目論む、はぐれ医学生のブログ。至高にして究極の人形を生みだすために奮闘中。 急げ!人生には学ぶべきことが多すぎる。
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マズいぜーッ!ディアボロの大冒険にはまりまくってる間に、日本を経つまでもう一週間しかなくなってるッ!不思議のダンジョン系は苦手だ……、全く飽きが来ないという点で。さて、この短い時間で何ができるだろう?まだ荷造りも残っているし、家の片付けも完了したわけではない。カウボーイビバップや岩窟王のDVDを全部見直している時間は無いか……。清涼院流水や西尾維新を全部読み直すのも無理そうな……。よし、とりあえずJOJOを読み返そう。黄金の精神と漆黒のオーラを身につけて行こう。人類を賛美しよう。漫画は文化。文化は愛。持って行きたい気持ちもあるがぐっとこらえる。JOJOのコミックスをスーツケースに詰めたらもう何も容れる余地が無くなる。持ってくとそれなりに役に立ってくれそうな気もするが(向こうの漫画好きとの話題を作れるし、布教も出来るし、運命に絶望しないで済むし、イタリアに旅行したときどこでどんなポーズをして写真を撮るべきかが分かる!帰るときは売ればいい値段になる、か・も)、体積と重量の関係でとりあえず却下だ。
絶体絶命を起死回生に巻き返す主人公たちの勇気……、どんな端役でも名前が忘れられないほどの敵キャラたちの存在感……、全く予想のつかない度肝を抜かされっぱなしの展開……、常人には再現不可能のポージング……、一目でスタンド使いと分かるファッションセンス……、今更言うまでもないがJOJOは素晴らしい!だがJOJOを読んでる間だけ人類に感動してていいんだろうか?自分がひどい目に遭ったとき、作品に流れる人間賛歌の旋律を思い起こして挫けずにいられるんだろうか?……みたいな下らないことを、アニメを見たり漫画や小説を読んだり、彫刻を作ったり、要は世間と関わろうとしていないときに考える。 当然、現実に戦う力は現実で鍛えるしかない。この半年間医学部を離れていて、それが出来たかというと出来ていない。残ってたって流されるだけで出来はしなかっただろうけど。わしが言う現実に戦うってのは自分の居場所を作るってことだ。成長することであり、人に認められることであり、金を稼ぐことだ。自分のしたいことをしたいようにしてるだけでは余りにも狭い。世間に背を向ければ爪弾きにされるだけ。 ……みたいな社会の中でより上を目指さなきゃって考えと、自分のことだけ考えて比較せずに生きりゃあいいんだって考えが波のように交互にやってくるのだが、今は後者から前者に傾きつつあって、どちらがより幸せに近づけるのかっていう大事なところが分からない。 |
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一年近く日本を空けることになるので、当然金沢のアパートは引き払うことにする。軽自動車二台分(運転席除く)を占める荷物を実家に担ぎこみ、実家ではその二倍はあろうかという荷物をゴミ捨て場に置き、市のゴミ処理施設まで運ぶ。この家には、えーと、確か4歳ぐらいに越してきたが、以来ずっとずっと置かれ続ける役目だけを与えられ、荷物を一切手放さなかった物置部屋がある。
赤白ファミコンを「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」と「ウルトラマン倶楽部3 またまた出撃!!ウルトラ兄弟」でさすがにもう動かないことを確認してゴミ袋に入れる。十年以上前の小学二年生や小学三年生、公文式の回答済み問題、チャレンジ、小学校のPTAからのお知らせ、幼稚園から中学生までの図画工作の時間に描いた絵や習字、落書きだらけのノートや教科書、懸賞で当たってそのまま箱に入ったままの縫いぐるみ、最後に空気を入れられてから何年経過したか分からない浮き輪、小学生の頃からひきっぱなしでハウスダストを出しまくってるであろうカーペット、アリス館滋賀や伏木港のパンフレット、福井で掘った?シダ植物の化石、テレビマガジン(勇者ロボはファイバード、戦隊はジェットマン、カードダスは円卓の騎士!懐かしー)。「陸の4体合体ランドバイソン」や「DXマックスマグマ」は……アキバのホビー屋でけっこう高く取引されてたから、取っておこう。どうやって運べばいいかは知らんけど。父が母に送ったのかもしれないアクセサリーもぞんざいに置かれているので、人形創りに使えるかもしれんから勝手に貰っておこう……。 建設当初に各部屋に確固とした役割を与えなかったからこんな余り部屋が出るのだ……。降ろしても降ろしても床が見えない。仕舞いには久々に高熱が出る。十年前の病原菌が埋もれていて、それを吸い込んでしまったのかもしれない。熱い。 なぜこんな、必要か必要でないかで言えば、もう絶対百パー見返すことすらないね、なんてものを大量に取っておいたんだろう?怠慢としか言いようがない、と思いつつ、これから作るはずの彫刻や人形は、ごっそり捨てた絵や習字のように十年後か五十年後には見返す価値もないだなんて思ったりしないように、手を抜いて作ってたらダメだよなぁと痛感するのであった。 |
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フランスにいる間は家庭教師として働いたり、あるいは学校の彫刻室を借りて制作できる環境が得られるとは思えない。では自分の想像力をどう形にすればいいのか?を考えるに、答えは簡単だ。ペンと紙さえあればできる仕事がある。もちろん漫画家じゃなくて、小説家だ。現代ならノートパソコンさえあればいい。
自分の書く文章に自信が持てないとき、谷崎潤一郎の短編や山本周五郎の長編の冒頭部分を原稿用紙に写し取ることがある。実に美しい日本語だ。名画を模写して絵を描く技術が向上するのと同様の効果が、文豪の文章を写すことにも見つけられる。今回は、わしはキーボードで文字を打つことに慣れていないので、指慣らしのために好きな小説家の好きな小説を打ち込んでみることにする。こうしておけば海外にいても読み返せるし。行間は広いし二百ページもないし、この程度ならさっくり終わりそうだな……、と軽く思っていたのが夏休みの始まる前の七月で、引っ越し前にだだだだだー!とラストスパートをかけてようやく終わったのが昨日の未明のことであった。 約六万文字。四百字詰め原稿用紙に書式を替えると、二百枚足らずだということが分かる。ああ、原稿書くのってやっぱり大変なんだな、と写し切った文章を眺めて思う。しかもこれは他人の作品を読んでそのまま打ち込んだだけの文章なのだ。作業だ。自分の頭で考え悩み想像力を全開にして創作の感動を味わいながら書いた文章ではない。わしは自分の作品に着手する前に生みの苦しみに気付く。だがわしは、プロとの格差にやっかみを感じわしにゃどうせ向いてねーよ物書きなんてよ、って泣き言を漏らすためにわざわざこの作業をしたわけではない。少なくともWORDを開いてパソコンに向かい合える時間は長くなったし、タイピングのスピードもましになっている。わしは胸で温めていて度々ノートに記していた、自分がこれから書く作品の世界設定や登場人物や彼らの相関関係や巻き込まれる出来事に思いを廻らせ、でも舞城の作品で暴発する事件に比べてかなり印象が弱いよなあと感じて、物語を自分でも起こってほしくない方向にひん曲げようとする……。 劇中で、主人公である青年作家は、死の床に臥せる恋人を、愛し過ぎるくらいに愛する。 でも愛って何だろう?愛について描かれた小説や映画とかは多く見てきたはずだし、ラジオから垂れ流される愛の歌をいつも聞いてはいるけど、自分の脳みそで実感したことはない。 彫刻室の大掃除をしている間、ラクスのフィギュアが視界に入って、そこから始まった彫刻や人形に関するいつも通りの何ともない会話の流れから、E藤先生に、「Hくん、人のこと本気で好きになったことないでしょ?逃げてるんでしょ?」と言われるが、その台詞は、友達面した人たちがよく口にする言葉だな、としか思わない。お説教ですか?と聞くと、忠告だよ、と答える。先生は見てきたドラマや映画の流れに合わせて、というよりも合わさせられて、その場面で言うべき台詞としての台詞を言っただけなんだろうか。それともわしには言っておかなくてはと心底わしの心配をして言ってくれたんだろうか。悩んだわしは、その晩クックにチキポロを一緒に食べに行った女の子に、「彼氏のどこが好きなの?どうして愛してるの?」と、恋人を持つ人によく聞く質問をぶつけてみる。優しいから、話を聞いてくれるから、理解しようとしてくれるから……という、これまたよく聞く答えが返ってくる。でも、相談聞いてあげるよ〜何でも話してね〜とか言って自分に積極的に関わってこようとする人って、ウザいし、放っといてくれよって思うけどね、なんてことを言うと、そんな感じのうちは恋人はできないだろうね〜、とやっぱりよく聞く答えが返ってくる。 答えが予想できる質問をするのは、その答えを確認して嬉しいわけじゃなくて、ひょっとしたら何か目の覚めるような答えを返してくれるかも……と勝手に期待しているからだ。 パンダって可愛いよね。 |
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最近のネットカフェは便利過ぎるくらい便利だ。ネットし放題、漫画読み放題、ドリンク飲み放題、シャワーもあるし、DVDもPS2もあるし。日焼けマシーンのあるところまである。しかも一晩の利用料はビジネスホテルの半分かそこら。住まう人が出てくるのも頷ける。だが個室でも鍵は掛けられないし、まっすぐに立つと隣の席からでも廊下からでも簡単に覗かれてしまうので、リラックスして眠ることはできない。
寺社仏閣は閉門が早い。だいたい五時くらい?午前中から行動を開始しないと数軒見てその日はお仕舞い、になってしまう。ほぼ夜通し漫画を読み耽っていたのでナイトパック10時間を延長することもなく朝早く出発して、ふらふらの体で何とか大阪環状線に乗り込む。大阪から新大阪、京都まで。一時間もせずに到着する予定だったのだが、ふっと目を閉じてはっと外を確認すると、大阪駅を通り過ぎてもう6駅も過ぎている。寝ている間にとんでもない方向に移動していて戻ってくるのに一日がかり、なんて展開は環状線だからこそない。助かった。熟睡している間に一眼レフを掠め取られる展開も、パリかローマではないのでない。ほっとした。どうせ一周して大阪まで行くんだからとそのまま座っていると、また頭がぼんやりしてきて、気が付くと桜島だった。やばっ……環状線から外れることもあるんだ……ユニバーサルシティで親子連れがどかどか降りていくのにも目覚めんかったんか〜、とわざわざ旅先でネットカフェに泊まる愚を実感し始めた。やっと乗り継ぎに成功して京都線へ。これで一安心と思っていると、いつの間にやら電車が逆行しているようだった。高槻→摂津富田。なぜにかッ!とすぐに次の茨木で降りて対向するホームへ。どうやら一旦京都駅に着いた電車が折り返し大阪まで戻っていくところだったらしい。なぜ京都で起きなかったんだ?駅の喧騒など講義室の最前列でも眠れるわしには無意味なのか?いや、こりゃ単に寝不足だったんだ……。 ってわけで次に観光にしに行くときはせめてカプセルホテルに泊まろうと思うのだった。観光情報がネットで探せるからいいじゃんと思いきや、結局読みたい漫画が多すぎて調べる時間がなかったしな……。カイジとかシグルイとか嘘喰いとかキングダムとかおせんとか……。 |
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人形ってじっとしてればいいのか?役目を果たせるのか?少なくともわしの構想の中では、そんな彫刻じみた、悪く言えば置き物に過ぎないオブジェは面白くない。で、泣いたり笑ったり謡ったり舞ったりありの日本の誇る伝統的な人形劇を観るために国立文楽劇場に足を運んだ。文楽見に来る趣味なんて持ってる人は少ないやろー、って勝手に思ってたが、西遊記は満席で、親子連れも目立った。子供の座高が高くなるようにクッションを配っていた。学生は一部あたり半額の2,300円なり。学生券も一般と同様ネットで買えるようにしてほしい。なぜかフランス語のパンフが置かれていたのでゲットー。
第一部 西遊記〜悟空の冒険〜 閻魔王宮の段 桃園より釜煮の段 火焔山より芭蕉洞の段 祇園精舎の段 文楽を子供も楽しめるエンタに仕上げた作品。人形も舞台もよく動く。一番印象に残ってるのは、わっしゃわっしゃとゴムで作られているみたいに伸縮する油釜と二十年前の特撮みたいな舞台装置の展開。文楽では使わないものと思い込んでので、悟空が宙乗りしたときは驚いた。悟空の行動がハチャメチャでそれだけでもおかしいのだが、笑うつぼも織り込まれいる。例えば猛獣に化けて牛魔王と戦うシーンでは、なんと悟空がくいだおれ人形に化け、対する牛魔王はグリコ看板に変身する!よく張った声で息切れもせずに一人数役をこなす大夫は見事。字幕もあるので台詞を逃さずに済む。まあこちらは現代語なのであまり必要ないが。 連続で観るのは辛いので第二部は見なかった。 第三部 国言詢音頭 大川の段 五人伐の段 あらすじ 藩の金に手を出すほど一人の女郎に入れ込んでしまった男。だが女郎には恋人(男の知り合いで、他に許嫁がいる)がおり、男は通りがかりに二人が自分の悪口を言っているのを聞いてしまう。復讐の炎を燃え上がらせる男。男の帰国パーティーに呼ばれた二人は、関係がばれてしまったことを知る。男に殺されるぐらいなら心中する覚悟の二人。しかし男は「粋だ」と言って二人を許した、かに見えた。夜中、皆が寝静まった後に刀を手に戻ってくる男……。復讐を遂げた男はゆっくりと血に染まった足を洗い、謡を口ずさみながら帰っていく。 ばっさりばっさり男が無関係の人も殺していくさまは、残虐非道。実写やアニメになったとしたら確実にR18指定だ。堂々と上演されるのは人形を遣う文楽ならでは。三人で一体の人形を操って声も別人なんて非効率で変やなあ、なんて思っちゃう人もこの作品を見ればわざわざ人形を遣う意味が分かるだろう。文楽人形は役者よりも小説の登場人物に近い。舞台や演出も然り。三味線の音が恐怖をいっそう引き上げる。こういう昔からの作品では字幕は助かる。時代背景が違うんで容易には言えんが、この男は勝手だなー。殺せるほど人を愛せるのは羨ましいけど。 これはわざわざ観にいく価値あるわー。 |






